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最高裁判所第三小法廷 昭和22年(れ)22号 判決 1947年11月14日

主文

本件上告を棄却する

理由

辯護人森川栄上告趣意書第一點は、刑法上因果關係論ハ最モ難解ニシテ学説自ラ分ル本件傷害致死ヲ處斷スルニ於テモ相當因果關係説ヲ以テシテ被告人ノ行爲ノミヲ致死ノ原因ト斷スルヲ得ス第一審提出ノ書證檢診醫田岡清夫ノ手記ニ據レバ被害者坂本繁三郎ハ老齡ニシテ骨質脆弱ナリ殊ニ被害者ハ薮年前胸部肋骨ノ折骨ト胸膜疾患ニ依リ強度ノ脆質ヲ加ヘ普通人ニ見ザル脆弱性骨質ナリ指先ニテ少シノ力ヲ以テ押スモ尚破損スルニ至ル且又肋膜ハ複ニシテ二枚アリテ一枚ハ肺ヲ包ムガ通常人ナルニ之ガ癒着シテ柔弱ナル一枚ノ薄イ幕ナリ骨片ニテ容易ニ破傷シ肺出血ヲ惹起スル變質ヲ呈セリ更ニ多量ノ飮酒ノ際ナリシヲ以テ出血甚シク遂ニ致死スルニ至ル然ラバ被告人ノ加害行爲ヲ以テシテハ通常人ナリセバ傷害ノ程度ニ至ラズ換言スレバ被告人ノ行爲ハ傷害可能行爲ニ非ザルニ被害者ノ共同原因ニ依リ傷害トナリ更ニ致死トナル因果關係論上共同原因ト爲ス被害者ノ先行的行爲ニ依ル變體質ト飮酒ヲ本件處斷ニ於テ重要ナル事実ト爲スニ之ガ證據調ヲ爲サズシテ原因關係ヲ審理探究スルコト無クシテ漫然被告人ノ非傷害可能行爲ノミヲ以テ傷害致死ノ原因ナリトシテ處罪シタルハ審理不盡ニシテ破毀ヲ免レズと言ふのであるが、

ある行爲が原因となって、ある結果を発生した場合に、其行爲のみで結果が発生したのでは無くて、他の原因と相まって結果が発生した場合でも其行爲は結果の発生に原因を與へたものと言ふべきであるから、被害者の體質が上告論旨の如く、普通人よりも脆弱である爲めに死亡したものだとしても、原判決の認定した被告人の行爲は傷害致死の原因となったものだと認定することは正當である。原判決は、鈴江瑞穂作成の鑑定書並に證人丸岡ジュウ、同丸岡勘一、同丸岡千一、同得村貞太郎等の供述を考へ合せて被告人の行爲と被害者の死亡との間に因果關係のあることを認定したものであるから審理不盡と言ふことは當ら無い。

同上第二點は、凡ソ刑ノ量定ハ犯罪ノ體様、動機、結果、犯人ノ性格、改悛ノ情、憫諒スベキ事由アリヤ否ヤ等ヲ斟酌シ罪質ト社會的影響ヲ考慮シ教育的科刑ヲ目的トシテ諸般ノ事情ヲ綜合シテ裁定スベキモノトス本件被告人ハ大正末期軍国主義旺盛ナル朝鮮統治時代ニ朝鮮巡査ヲ拜命シ、青年時代ノ思想訓練ハ奉公ノ精神ト至誠ノ職域ニ献身スルコトヲ臣道ナリト遵法セリ職ヲ辭シテ歸郷シ町役場書記トシテ農事改良ノ部職ニ任ゼラルルヤ依然トシテ奉公ノ赤心ハ變ラズ職務ノ成績ヲ盡サンノミ心ヲ用ヒ農林省補助金ノ使途ヲ誤リ流用シテ公金横領罪名ニ觸レ前科ヲ受ケ執行猶豫ノ判決ヲ付加セラレ猶豫期間ハ無事經過シタリ其間尚隣組常會長トシテ舊汚名ヲ雪ガントシテ一層ニ上司ノ命ヲ全シ戰時銃後ノ努メヲ爲シタリ本件犯行ノ動機ハ即チ右精神ノ発露ニ外ナラズ之ガ上司ノ移命ヲ完フシタルニ出ヅ犯行スルモ傷害致死ヲ豫期セズ其程度ニ至ラザル非傷害可能行爲ガ被害者ノ脆弱性體質ト強度ノ飮酒ニ基因シテ共同原因トナリ致死ノ結果ニ至ル誠ニ情状憫諒スルニ足ル且又被害者ノ靈ヲ慰ムルニハ萬全ヲ期シ遺族ノ親交舊倍シ社會批判ハ被告人ニ同情ガ集ル茲ニ於テコソ被告人ニ對シ刑法第二十五條ニ依リ執行猶豫ノ言渡ヲ爲スベキコトヲ相當トス被告人ハ疊ニ前科アリ尚七年ヲ經過セズト雖モ該前科ハ刑ノ執行猶豫期間満了ニ依リ刑ノ言渡ヲ受ケザルニ等シキ者ナルガ故ニ尚前科無キモノトシテ刑ノ執行猶豫ノ言渡ヲ受ケ得ベキ資格ヲ有ス(泉二刑法総論九〇一頁)然ルニ原審ハ被告人ニ對シ懲役二年ノ実刑ヲ科シ刑ノ執行猶豫ヲ言渡サザルハ刑ノ量定甚シク不當ナリト思料スベキ顕著ナル事由アルモノニシテ刑事訴訟法第四百十二條ニ依リ破毀スルヲ相當ト信ズと言ふが日本国憲法施行に伴う刑事訴訟法の應急措置に關スル法律第十三條第二項により刑事訴訟法第四百十二條は適用しないことになったのであるから、上告論旨は理由無きものである。

辯護人小野四郎上告趣意書は原判決中被告人は「同人をその場に突き倒おした上その左背部を數回蹴りつけ或は踏みつけて暴行を加え因って肋骨骨折肺臓損傷の傷害を與へその結果氣胸の續発に依る心臓衰弱を來たした爲翌十七日午後七時二十分頃同町大字辻字御領田三十八番地の右繁太郎方において同人を死亡するに至らしめたものである」とあり然れども醫師田岡清夫の剖見事実によれば「一、被害者は高齡六十九歳にして骨質が非常に脆弱化せること即剖見に於て肋骨は細く極度に石灰化して斷端がボロボロに碎けて居た點は加害者が極輕く觸れる程度に蹴っても骨折を起して大事に至った之れが普通の人なら斯る大事には至らざりしならん実際に於て老人の肋骨は指で壓した程度で折れることがある二、即往に肋膜炎を患ったことあり肋膜が癒着して居たので一頓に肋膜を破り肺に至った(普通は健全な肋膜は内板外板の二枚より成り各別になって居るが此人は癒着して一枚となって居たこと)普通なら肺を破らずして濟んだであろう」(記録二〇四丁)とあり被告人の暴行と被害者繁太郎の死亡との間に繁太郎性來の虚弱が死亡の結果を容易ならしめたる事貫が因果關係の成立を阻却すべきものにあらずとするも即ち因果關係を極端に擴張し何等制限を附せざるものとするも右の如き重要事実に付因果關係成否の判斷を遺脱したるは事実を不當に認定し若は理由不備の違法あり破毀を免れずと言ふのであるが

森川辯護人上告趣意書第一點で説明した通り原判決は因果關係の成否の判斷を遺脱したのもでは無い、要するに上告理由は原判決の事実認定を非難するものであって理由不備と言ふことは當らない。

以上の理由は、裁判官全員一致の意見であるので、刑事訴訟法第四百四十六條により主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上登 裁判官 庄野理一 裁判官 島 保 裁判官 河村又介)

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